フードの棚が、まだ開けられない
見送った方の手記を読んでいると、つらさが来る場面はどれも小さいことに気づきます。 フードの棚を開けた瞬間。散歩の時間になっても鳴らない足音。玄関を開けたときの静けさ。 夜中にふと、寝息を確認しに行こうとして立ち上がった自分。 ペットロスは、ひとつの大きな喪失というより、暮らしのあちこちに残った、小さな不在の連続としてやって来るようです。
片付けるタイミングに、正解はない
フードや食器、ベッドやおもちゃをいつ片付けるか。手記を読むかぎり、本当に人それぞれです。 その日のうちに片付けて、空いた場所を見て泣いた人。 何年もそのままにして、毎日少しずつ話しかけている人。 どちらの手記にも、そのあとの暮らしが書かれています。 「早く片付けたほうがいい」も「残しておくべき」も、他人が言うことではないのだと思います。
泣いていい、が当たり前になった
「たかが犬猫で」と言われて、泣くことすら許されなかった時代がありました。 ペットロスという言葉が広まって、ようやく、家族を失った悲しみとして扱われるようになりました。 いまは、泣いているところを見られてもかまわない場面のほうが多いはずです。 涙の量を、誰かと比べる必要もありません。
棚を開けられる日
いつか、フードの棚を開けられる日が来ます。その日は、忘れた日ではありません。思い出のほうが、痛みより先に浮かぶようになった日です。 いつ来るかは人によって違います。急がなくて大丈夫です。
見送った飼い主さんの話を、許可をいただいて紹介しています。 あなたの「小さな不在」の話も、いつか聞かせてください。こちらから。