犬の歯周病と歯磨き——「8割」の数字と、続けられるケアの選び方
最終更新: 2026年8月12日
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「3歳以上の犬の8割が歯周病」という数字は、原典とされる論文には見当たりませんでした。診療記録ベースの実測は1割強ですが、検査の方法によって数字は大きく変わり、詳しく調べるほど高くなるという報告もあります。数字より、毎日〜隔日の歯磨きという続け方のほうが、確認できている手がかりです。
- 「8割」の出どころとされる論文に、その割合の記載はありません
- 診療記録ベースの実測は1割強。ただし検査方法で数字は大きく動きます
- 毎日〜隔日の歯磨きが歯垢・歯石・歯肉炎を抑えるのに、はっきり効果があった、という研究があります
- ついてしまった歯石は家では取れません。麻酔をかけない歯石取りは、国内外の専門団体が勧めていません(⑧)
「3歳以上の犬の8割が歯周病」——ペット用品の紹介やコラムでよく見かける言葉です。 このページでは、この数字がどこから来ているのかを確認したうえで、実際の数字と、歯磨きの続け方をまとめました。 歯や歯ぐきの状態は、見た目だけでは判断できないことがあります。気になる様子があれば、ここに書いてあることより先に、動物病院で診てもらってください。
① 「8割」という数字、原典には見当たらない
「3歳以上の犬の8割が歯周病」という数字は、ペット用品の紹介やコラムでよく紹介されています。 この数字の出どころとされることが多いのが、アメリカの動物病院で行われた大規模な調査です。
その論文を確認してみると、「歯石と歯肉炎が最も多く報告された病気だった」という記述はありますが、「8割」という具体的な割合への言及は見当たりませんでした。
数字そのものは見つかりませんでした。
よく紹介される数字ですが、原典を確認する限り、この論文がその出どころとは言い切れないようです。代わりに使える、実測に近いデータを②で紹介します。
② 実測ではどのくらいか
イギリスの大規模な診療データでは、1年間で歯周病と診断された犬の割合は1割強でした。 歯周病のあった犬は、なかった犬に比べて年齢が高い傾向もみられたといいます。
※これは診療の記録上「歯周病」と診断された割合です。麻酔をかけた精密な検査での数字ではありません。
数字が大きく開く理由をまとめた報告もあります。目で見るだけの評価と、麻酔をかけて詳しく調べたときとでは、 数字が数倍以上開くといいます。検査の方法によって、出てくる数字がこれだけ変わるということです。
つまり、「うちの子の本当のところ」は、検査をしてみないと分からない、というのが正直なところです。 歯や歯ぐきの状態が気になるときは、健診のタイミングで一度診てもらうと、目視だけでは分からない部分も確認できます。
③ 歯垢は1日、歯石は3日
毎日〜隔日、とよく言われます。その理由は、口の中で進むことの速さにあります。
国際的な獣医歯科のガイドラインでは、歯垢は1日ほどできれいな歯につき、3日ほどで歯石に変わり、歯ぐきの炎症は早ければ2週間で始まるとされています。 週に1回のケアだと、その1回のあいだに歯石までの行程が2回ぶん進んでしまう計算になります。
もう一つ、意外に思われるかもしれないことがあります。同じガイドラインは、歯石そのものは歯周病の直接の原因ではないと書いています。 原因は歯垢のほうで、歯石は表面がざらついているぶん歯垢がつきやすい面を作る、という役回りです。
この順番が分かると、ケアの狙いもはっきりします。落とすべきは、日々つく歯垢のほうです。 また、歯ぐきより上に見えている汚れだけを取っても進行は止められない、とも書かれています。歯周病が進むのは歯ぐきの下だからです。
④ 歯磨きの頻度——毎日〜隔日が目安
歯磨きの頻度についての研究もあります。ビーグル犬を対象にした28日間の研究では、毎日または隔日の歯磨きが、 週1回や隔週の歯磨きに比べて、歯垢・歯石・歯肉炎を抑える効果にはっきりした差が出た、と報告されています。
現場に近い研究もあります。競走グレイハウンドを対象にした調査では、週1回の歯磨きでも歯石の蓄積を抑える効果はみられたものの、 歯ぐきの炎症を抑えるには毎日の歯磨きが必要だった、とされていました。
週1回でも歯石対策としては意味があるが、歯ぐきの状態まで気にするなら毎日が目安になり、それが難しい日でも頻度を上げるだけで違いが出てくる、ということのようです。
歯周病は、全身の健康状態との関連を指摘する研究もあります。因果関係が断定されているわけではありませんが、 口の中だけの問題と切り離さずに考えておくとよさそうです。
⑤ VOHC認証という物差し
歯みがきガムや歯みがきシートを選ぶとき、目安になる仕組みがあります。VOHC(Veterinary Oral Health Council)という第三者機関の認証です。
VOHCは、製品そのものを試験するのではなく、企業から提出された臨床データを専門家が確認し、歯垢・歯石を一定以上減らせたと認められた製品にシールを与える仕組みです。
パッケージにVOHCのシールがあるかどうかは、数ある製品の中から選ぶときの、一つの手がかりになります。
⑥ 嫌がる子・シニアの段階的なケア
歯ブラシをいきなり口に入れると、多くの犬は嫌がります。シニア期からケアを始める場合や、歯みがきに慣れていない子には、段階を踏んだ進め方が勧められています。
- マズル(口のまわり)に触れることに慣れる
- 歯ぐきに指で触れることに慣れる
- 歯みがきシートで、指に巻いて拭くことに慣れる
- 慣れてきたら、歯ブラシに切り替えていく
各段階に1〜2週間ほどかけて、焦らず進めるのが目安とされています。いきなり歯ブラシから始めるより、遠回りに見えて続けやすいようです。
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⑦ ついてしまった歯石は、家では取れない
歯磨きで防げるのは、歯垢の段階までです。歯石になってしまうと、歯の面に硬くついてしまうため、家庭で使える道具では落とせません。
落とす処置はスケーリングと呼ばれ、動物病院で全身麻酔をかけて行われます。日本では、スケーラーを使う歯石除去は獣医師が獣医学的判断と技術をもって行う診療行為であると、農林水産省が説明しています。 同じページでは、飼育動物の診療の業務は獣医師でなければできない、とも書かれています。
「歯石取り」という言い方が、爪切りと同じ日常のお手入れのように響いてしまうことがあります。実際には位置づけが違う、ということです。
すでに歯石がついている状態で歯磨きを頑張っても、その部分は落ちません。歯ぐきが赤い、口臭が強いといった様子があるなら、家でのケアを強化する前に、一度診てもらうほうが早いと思います。
⑧ 「無麻酔の歯石取り」について
麻酔をかけずに歯石を取るサービスを見かけることがあります。麻酔が心配な飼い主さんにとって、魅力的に見える選択肢だと思います。
ただ、獣医歯科の専門団体は、国内外を問わずこれを勧めていません。理由が具体的なので、そのまま紹介します。
国際的なガイドラインは、起きている動物では歯ぐきの下まで処置できず、見た目はきれいになっても炎症や痛みは残ったままになると書いています。 そのうえで、きれいに見えることで問題が隠れ、本来必要なケアが遅れる、という点を問題にしています。
日本小動物歯科研究会の資料は、器具そのものの危険にも触れています。スケーラーの先端は刃物状で歯の面ではよく滑るため、動く動物では歯ぐきや舌を傷つけやすいこと。 鉗子で歯石を割るときに歯を一緒に折ってしまった例があること。歯がぐらついている状態では、歯根を残して歯が折れたり、顎の骨を折ったりする危険があること。
もう一つ、後に響く指摘があります。同じ資料は、痛い思いをしたあとは家で口を触らせてくれなくなることが多い、と書いています。 歯周病のケアで一番効くのは日々の歯磨きなので、それができなくなるのは、その場の見た目と引き換えにするには大きい代償です。
※ここで紹介したのは専門団体が公表している見解と、省庁の説明です。個別のお店やサービスについての判断はしていません。
⑨ 麻酔が心配なとき、何を聞けばいいか
とはいえ、シニアの子に全身麻酔と言われて、すぐ「お願いします」と言える人は少ないと思います。数字を見ておきます。
イギリスで2002年から2004年にかけて行われた大規模な調査では、麻酔・鎮静に関連した死亡の割合は、犬全体で0.17%(約600頭に1頭)でした。 内訳を見ると差がはっきりしていて、健康な犬では0.05%(約1,800頭に1頭)、持病のある犬では1.33%(約75頭に1頭)です。
20倍以上の開きがあります。
この数字の読み方は、「年齢そのものより、そのときの健康状態で大きく変わる」というところだと思います。 歯科処置に限った数字ではなく、麻酔全体のものですし、20年以上前の海外の調査でもあります。それでも、心配の中身を「高齢だから」から「うちの子の今の状態はどうか」に置き換える手がかりにはなります。
同じ調査では、亡くなったケースの約半分が、麻酔中ではなく麻酔から覚めたあとに起きていた、とも報告されています。
相談するときは、こう聞いてみてください。
- 麻酔の前に、どんな検査をしてもらえますか(血液検査、心臓の確認など)
- その結果しだいで、処置を見送る判断もありますか
- 処置中と、目が覚めたあとは、どんなふうに見てもらえますか
- 今の状態だと、やらずに様子を見た場合は何が起こりそうですか
日本小動物歯科研究会の資料も、麻酔が100%安全とは言い切れないと書いたうえで、現在の麻酔技術と健康状態の評価がリスクを小さくしている、という書き方をしています。 ゼロではない前提で、天秤にかけるための材料を先生からもらう、というのが現実的なところだと思います。
⑩ 進んでしまったときに、口の中で起きること
歯周病は、外から見て分かる症状がほとんど出ないまま進むことがあり、そのために見つかるのが遅れやすい、と指摘されています。
進んだときに口の中で起きることとして、ガイドラインは次のようなものを挙げています。
- 口と鼻がつながる穴ができる(鼻水やくしゃみが続く形で出ることがあります)
- 顎の骨が弱くなって折れる
- 目のまわりの感染
- 顎の骨の炎症
顎の骨折は小型犬に多いとされています。体の大きさに対して歯が大きく、特に下顎の奥歯のあたりで骨が薄くなりやすいためです。 軽くぶつけたときや歯を抜く処置のときに起きやすく、食べているだけで折れた例も報告されています。
怖がらせたい話ではありません。ただ、「口臭くらい」と思っていたものが、この先どこへ行きうるのかを一度知っておくと、健診で口の中も見てもらう理由になると思います。
⑪ 受診を考えるサイン
次のような様子があるときは、様子を見ずに動物病院に相談してください。
- 歯ぐきから出血している
- 口臭が急に強くなった
- 片側だけで噛む、食べにくそうにしている
- よだれが増えた、口を触られるのを痛がる
※このページは一般的な工夫の紹介です。診断や治療については獣医師にご相談ください。
よくある質問
「3歳以上の犬の8割が歯周病」は本当ですか?
よく紹介される数字ですが、その出どころとされることが多い論文を確認したところ、「8割」という具体的な割合への言及は見当たりませんでした。代わりに、イギリスの大規模な診療データでは、1年間で歯周病と診断された犬の割合は1割強でした。
犬の歯周病の本当の割合はどのくらいですか?
診療記録ベースでは1割強という報告があります。ただし、目で見るだけの評価と、麻酔をかけて詳しく調べたときとでは、数字が数倍以上開くというまとめた報告もあります。検査の方法によって数字が大きく変わるため、「検査してみないと分からない」というのが正直なところです。
歯磨きはどのくらいの頻度でやればいいですか?
ビーグル犬を対象にした研究では、毎日または隔日の歯磨きが、週1回や隔週に比べて歯垢・歯石・歯肉炎を抑える効果にはっきりした差が出た、と報告されています。別の研究では、週1回でも歯石の蓄積を抑える効果はみられましたが、歯ぐきの炎症まで抑えたい場合は毎日が目安とされていました。
歯を触らせてくれない犬には、どうすればいい?
マズルに触れる→歯ぐきに触れる→歯みがきシートで拭く→歯ブラシへ、という段階を踏んだ進め方が勧められています。各段階に1〜2週間ほどかけて、焦らず進めるのが目安です。
VOHCのシールって何ですか?
VOHC(Veterinary Oral Health Council)という第三者機関が、企業から提出された臨床データを獣医歯科の専門家の審査会で確認し、基準を満たした製品にシールを与える仕組みです。製品自体を試験しているわけではありませんが、製品選びの一つの手がかりになります。
歯垢はどのくらいで歯石になりますか?
国際的な獣医歯科のガイドラインでは、歯垢は1日ほどで歯につき、3日ほどで歯石に変わり、歯ぐきの炎症は早ければ2週間で始まる、とされています。毎日〜隔日という頻度が勧められるのは、この速さが理由です。
ついてしまった歯石は、家で取れますか?
取れません。歯石は歯の面に硬くついていて、家庭で使える道具では落とせないためです。歯石を落とす処置(スケーリング)は、日本では獣医師が行う診療行為だと農林水産省が説明しています。気になる状態なら、まず動物病院で相談してください。
「無麻酔の歯石取り」はどうなのでしょうか?
国内外の獣医歯科の専門団体は、いずれも勧めていません。起きている犬猫では歯ぐきの下(ポケットの中)まで処置できず、見た目がきれいになっても炎症や痛みは残る、という理由です。器具で歯や顎の骨を折った例も報告されています。また日本では、スケーラーを使う歯石除去は獣医師が行う診療行為だと農林水産省が説明しています。
シニアなので、全身麻酔が心配です
心配になるのは当然だと思います。イギリスで2002〜2004年に行われた大規模な調査では、麻酔・鎮静に関連した死亡の割合は、健康な犬でおよそ1,800頭に1頭、持病のある犬ではおよそ75頭に1頭でした。年齢そのものより健康状態で大きく変わる、という読み方になります。麻酔前にどんな検査をしてもらえるか、かかりつけの先生に聞いてみてください。
歯石を取れば歯周病は治りますか?
歯石を取ること自体が治療になるわけではない、とされています。歯周病の原因は歯石ではなく歯垢のほうで、歯石は歯垢がつきやすい面を作る役回りだと説明されています。処置のあと、家庭でのケアを続けられるかどうかが結局のところ効いてきます。
本文で触れた研究・情報源
獣医学の専門家ではないので、内容の紹介にとどめています。原文にあたりたい方のために出典を置いておきます。
- 「8割」の出どころとされる論文: Lund EM et al.Health status and population characteristics of dogs and cats examined at private veterinary practices in the United States. JAVMA, 1999. アブストラクトを直接確認しましたが、「8割」に相当する割合の記載はありませんでした。
- 診療記録ベースの実測12.52%: O'Neill DG et al. (VetCompass, 2021年公表論文).PMC掲載のミラー版で内容を確認しました(Wiley版原文は有料のため未読)。歯周病のあった犬の年齢中央値は7.54歳、なかった犬は3.90歳。
- 検査方法による数字の開き: Wallis C, Holcombe LJ.A review of the frequency and impact of periodontal disease in dogs. J Small Anim Pract, 2020.(目視評価9.3〜18.2%、麻酔下の詳細検査では44〜100%との報告)
- 歯磨き頻度(ビーグル犬・28日間): pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26197686
- 歯磨き頻度(競走グレイハウンド): pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8300175
- 歯周病と全身疾患の関連: pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34838247(要約経由で確認)
- VOHC(Veterinary Oral Health Council)公式サイト: vohc.org(審査は9名の獣医歯科専門家からなる審査会が実施、試験期間は最低28日間)
- 段階的なケアの進め方は、petdock.jp(獣医師監修・氏名非公開)およびlion-pet.co.jp(学術博士・ドッグトレーナー監修)の記事を参考にしました。より専門性の高い一次情報は今回見つけられませんでした。
- 歯みがきシートの価格帯: 楽天市場の検索結果(2026年8月9日確認)。
- 歯垢・歯石までの日数、歯石そのものの位置づけ、無麻酔処置への見解、進行時に起きること:WSAVA Global Dental Guidelines(世界小動物獣医師会。PDF本文を確認)。 「Plaque forms within 24 hours, calculus within 3 days and gingivitis begins as early as 2 weeks.」「Calculus (or tartar) is essentially non-pathogenic」など。
- 歯石除去が診療行為であること:農林水産省「小動物獣医療等に関するよくある質問」。 「スケーラーを用いる歯石除去は、獣医師の獣医学的判断及び技術をもって行う診療行為です。」
- 器具による事故・家庭でのケアへの影響:日本小動物歯科研究会「無麻酔で歯石をとる?!」(PDF。同会のガイドライン一覧で公開)。
- 麻酔に関連した死亡の割合: Brodbelt DC et al.The risk of death: the confidential enquiry into perioperative small animal fatalities. Vet Anaesth Analg, 2008.(イギリスで2002〜2004年に実施。犬98,036頭。歯科処置に限らず麻酔・鎮静全体の数字です)
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